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「ニートは働けよ。でも雇わないよ。だけど親のすねもかじるなよ。かといって生活保護なんか受ける資格ないからな。自殺は罪だぞ。心中もするなよ。犯罪に走るなよ。さっさと死ねよ」ってのが今の日本。
ひきこもりがネットを解約されて逆上し家族を殺すと、「ネット依存は怖い」という話になる。では、ひきこもりが唯一付き合いのある友人との関係を家族に無理矢理打ち切られて逆上し家族を殺した場合、「人間に依存することは怖い」という話になるのかどうか。
ひきこもりを甘えだと思っている人は「いざとなったら(追いつめられたら)出てくるだろう」程度にしか思っていないのだろうけれど、僕にはそうとばかりは思えない。震災の時、津波からの避難を拒否し、そのまま飲まれていったひきこもりのエピソードを聞いたせいかもしれない。
「うつ病の人間に頑張れと言うのは禁物」だと、物知り顔で言う。でもさ、うつ病になった人間に、頑張って健康な状態に戻って、頑張って健常者と同じだけ働く以外の道が、どれほど開けている? 口にせずとも、社会は無言で「頑張れ」の大合唱だよ。笑わせんな。
乙武氏は自分の立場を充分に理解していて、何をしたらどういう効果が起き、反応が返ってくるかも分かっているであろうに、まるで純粋な正義感や憤り、正直な気持ちでそうしただけのような振る舞いが実に彼ですよね。
履歴書をペンで記入してくる方は、学歴、経歴がどうであれ不採用としてます。そういう方は、出来あいのペンを用いて他社にも提出している可能性が高いからです。履歴書一枚分の墨を摺って筆で記入する労力をおしまない人を採用したいという気持ちもあります。
僕は2chのメンヘル板で初めてこういう意見を聞いた。「死にたいんじゃなくて消えたい」「存在自体を消滅させたい」というような願望。これって、昔からあったものなのかな。「自殺すら人に迷惑をかけるから、初めから存在しなかったように消えてしまいたい」とか、あまりにも悲しくて切実。
ニートもうつ病も生活保護も、批判の根拠は勝手なイメージ。「怠けている」「本当にうつ病なら○○できるはずがない」「働けるのに働かない奴や不正受給ばかり横行している」といった、実体とかけ離れたイメージ。これをどう払拭すればいいのか、分からない。
「自分はなくても困らない」から止めよう! というのがマイノリティの権利を主張する人からよく出てくるの不思議でならないんだけど、そういう性質なんだろうか。反原発にしてもそうだけど、「電気がなくても困らない!」「江戸時代の生活でもいい!」とかさ、それで簡単に人は死ぬよ?
たまに、不登校やひきこもり、病気や障害などでレールから外れた人へのポジティブな偏見として「(レールから外れた)自由な生き方ができる」というような声も聞くけれど、どちらかというと、自分で生き方を模索しなければ生き残れないというシビアな状況であることの方が多い気がする。
不登校になっても、「せっかく学校休んでるんだからどっか行こーぜ!」ってならないもんね。「学校にも行ってないのに外出するなんてけしからん!」ですもんね。そら不登校がひきこもりにもなるわ。
遊んでる「新型うつ病」患者が許せないのは、「怠けている」からじゃなくて「楽しんでいる」からだと思うんだよね。単なる嫉妬の一種じゃないのかなと。生活保護受給者がネットをしてるとか携帯持ってるとかニコ生やってるとか、そんな些細な楽しみすら嫉妬の対象なんだよ。
人を気遣えば身動きが取れなくなり、ルールを守れば置いて行かれる。真摯に向き合えば胸が痛むし、直視すれば絶望する。気遣うのはほどほどに、ルールは適度に破りましょう。いい加減に向き合えばいいし、直視するのはたまにでいい。そういう人が生きやすいけれど、建前上、学校でそうは教育しない。
うつの何が辛いって、一番は目下の憂鬱な気分とか意欲の低下なんだけど、長期的に見ると「時間の浪費」なんだよね。限られた若い時代の時間を、何もできず、苦しんだり眠ったりするだけに費やしてしまうことが悲しいし、取り返しがたいハンデになる。
「打たれ弱い」とか言って若者批判する馬鹿っぽい中年以降の人たちって沢山いるけれど、「打たれ弱さ」は、社会が若者に要求してきた「人の気持ちを察する心」とか、「優しさ」とか「繊細さ」と表裏一体なんだと思うよ?
不登校・ひきこもり経験者でうつ病患者。高校中退で心理系の大卒。若者支援のする側とされる側の境界線上に生息。趣味はギターと漫画アニメゲームなど。カラオケは生きる手段。いくつかのNPOに関与。猫大好き。