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レシピを改変してプリンを作ってみた。やはりバニラエッセンスは大目に入れたほうが良さそうだし、私はきっと卵黄比率の高い方が好きだ。今回はカラメルをかなり焦がしたのもポイント。十分に冷やしてからいただく。
@lenshiramine なので、「哲学は自らの役割として定量的判断を引き受けることはないだろうし、その意味では重視しないといえるだろうが、定量的判断を重視する学問を、そのことを理由に糾弾することはないのではない」というのが私のとりあえずの見立てかしら、というところです。
@lenshiramine この傾向(定量的評価から距離を置く傾向)は、決して一般的ではない細部を取り上げ普遍化したがる「病」にもなりえますが(化学におけるこの傾向の歴史的な事例ついてはバシュラール『科学的精神の形成』に詳しいです)、大きな図式を作るのに役立つこともあります。
@lenshiramine 哲学はどの分野にも内在するといえますが、この意味で解される哲学は形式や性質に基づいた/についての判断を行うはずですし、また定量的評価を如何に下すかという問い(この問いのなかで与えられるものは決して定量的ではありません)は、科学哲学の一部を成すはずです。
初めて哲学の購読の授業をとったときには、哲学のテクストは要約不可能なので一字一句に気を配りながら一生懸命読むしかないということを教わった。教育的配慮ゆえにかなり強い言い方をされたのだとも思うが、今テクストを読む時にもこのことは意識しつづけている。
@lysblanc_yurie 「電波」な人に対して使う形容詞として、かなり口語的ですが、farfeluというのがありますね。客観的に評する感じではなく、一歩引いて「彼(女)は……ちょっと変よね」というような感じで使うようですから、少し違うかもしれませんが。
とうとう届いたSartor Resartus。Chapman and Hallから出ているカーライル全集第1巻(1901年版)である。古本特有の芳香も素晴らしいし、殆どのページはまだ開かれていない。抱きしめて眠りたくなる。
時代的に近い作家に取り組むのはかなりリスクのある作業かと。評価が確立されていない場合にはハズレを引きうるし、ハズレとわかるまでにかかる労力は報われないこともあるだろう。
卒論で引用する際には(まあ引用するかどうかはわからないのだが)どうせフランス語に訳さなければならないのだし、ドイツ語での通読は時間がかかりすぎるのだから、ドイツ語文献は参照用としての所持にとどめるという妥協案もないではないが……
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