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親切や好意をちゃんと受け取れるひとは、ほかのひとに手渡すのもじょうずだ。そういうひとは、差し出してくれた相手に直接なにかを返すことができなくても、いつか誰かのために自分が役に立つときがきたら喜んで手を差し出すだろうと思う。
父が他界してもう20年になるけどさ、こどものころ叱られたときのこととか思い出すといまでも「ああすればよかったこうすればよかった」と心が捻れそうになるよ。でもそれが泣きそうになっちゃうようなものだとしても、思い出があるってことは、それだけでぎゅーっとなるくらいしあわせだね。
昔の恋人の夢をみた。このひとはほんとうに私を信頼してくれているのだと夢のなかで気づいて嬉しくなって、目覚めたあととても悲しくなった。大切なことは過去になってから気づく。遠い未来にきてから気づく。
@nukaga 遺書の避難にかんする記述が「つれてゆかれました」「ひなんさせられました」で自分たちの意志ではなく、最後だけが本人の意志で「ひなんします」なのが大切なことを物語っているように思えてなりません。
黙っていれば他人を傷つけることも自分の愚かさを晒すこともないけれど、言わなきゃコミュニケーションもディスコミュニケーションも生まれない。と小心者の私は今日もそんなふうに自分を励ましつつあれこれつぶやくのです。
飛び跳ねたくなるくらいうれしいことも窒息しそうなくらい腹が立つことも内臓がねじれそうなくらい悲しいこともない。そんな平穏な日々がつづいているからこそ、つよく思う。愛情や感情は、出し惜しみしないほうがいい。
オーブンでいろんな野菜をたーくさんグリルする夢。火を通すと、赤や緑はいっそう濃く鮮やかに、白はすっきりと透明になって美しかった。とくにすこし焦げめのついた人参のオレンジがおいしそうで、うれしくなって天板に何枚も何枚も焼いた。そんな夢をみた。
でこぼこな心と身体で、たいらな場所に立ちたい。遥か遠くまで見渡せるところに。そこでできるだけ上からでも下からでも斜めからでもなく、まっすぐに世界をみつめたい。それがどんなに難しいことかは知っている。でも、それでも。
夜のベランダに出て、空を見上げる。きみの恋人が変わったと噂で聞くたびに心が捩れる。ぼくたちは友達でも恋人でもないふたりだった。だから別れは選べない。すこしずつ距離を置いていくしかなかった。夜毎かたちを変える月のように欠けては満ちるぼくの気持ちが、いままた満ちてしまいそうだ。
そのたびに、ひとは楽しそうなひとや穏やかそうなひとが好きなんだな、って思う。それはそうだよね。いつも繊細そうにしてるひとは迂闊に近づいて傷つけたらどうしようと思うし、怒っているひとにはそもそも近づきたくないものね。
自分がわりと「えいや!」とリプライすることが多く、どきどきしつつ思い切ってリプライしたものに対して丁寧でフレンドリーな言葉を返していただくととてもうれしいから。だから初めてのリプライをスルーするということはほとんど無い。(非公式RTでの「同意」はリプライにノーカウント。)
あたたかいユーモアってほんとうにすばらしい。他人を嘲笑するわけでも自分を卑下するわけでもなく、そこにある物事や現実をやさしくおもしろがっている。そういう楽しいツイートをするひとが私のタイムラインにも居る。そのひとたちが世界を見るまなざしを、いつもうらやましく愛しく思っている。
誰かがちいさな親切を差し出してくれたとき。相手の迷惑になると思って礼儀正しくやんわり拒否するひとより、恐縮したりはじらったりしながらもちゃんと受け取れるひとのほうがやさしくておとなのひとだと感じる。ひとの好意にあまえてばかりの私が言うと自己弁護みたいだけど。